心も身体も健康になろう~池部秀則のブログ

前向きになれる言葉を探して

波、な立ちそ

けふ、「波、な立ちそ」とひねもすに祈る験ありて、波立たず。

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けふ=今日

ひねもす=終日

験(しるし)=効き目、効果

 

な…そ で禁止。「波よ立たないでおくれ」

 

『土佐日記』のシンボリックな一節である。航海技術がなく風と波頼みで、当時の人は祈るくらいのことしかできなかった。「ゲン担ぎ」などと今日でも言うがゲンは「験」であり、密教から来ている。

海賊も怖いが、航海そのものも恐怖が伴う。

高校の先生は教えてくれないが、さらに…

紀貫之自身も庇護者である醍醐天皇と藤原兼輔が土佐に赴任している間に亡くしている。無事に帰京しても保障のない心細さがある。無論娘を亡くした喪失感も大きい。

田辺聖子曰く

この時代男は漢文で日記を書いた。が、漢文では哀しみを「泣血(きゅうけつ)」のような固い言葉でしか表現できない。仮名を使った和文でしか表せないと思った。

 

古典を読むことは非能率に思えるかもしれないが、かなり実がある。

モスバーガーのモスバーガー

…というのはあくまでも比喩。

モスバーガーというハンバーガーチェーンで美味しいのは、モスバーガーかモスチーズといったプリミティブなメニューである。(ちなみにマックではワシはコーヒーしか頼まない。その意味はお察しくださいね。)

夕されば衣手さむし みよし野の吉野の山にみゆきふるらし

ゆうふさればころもでさむしみよしののよしののやまにみゆきふるらし

古今集№0317 読み人しらず

前半「夕方になると袖のあたりが冷えるな。そんな季節になった。」

後半「あの御吉野の桜で有名な吉野の山では雪が降っているんだろうな。」

み吉野と言っている。吉野に丁寧な意味合いを付与する接頭語の「み」がついている。ついでに雪にまで「み」を配している。

おそらくは「読み人知らず」の歌ではかなり知られた歌であろう。

後世吉野は南朝が臨時におかれた。山が深く難攻不落というのが大きな理由である。吉野の桜は美しいことでは知られていたが、京都から離れている上に山奥にある。中世で実際に吉野の桜は見ることは難しかった。

 

山内健司 「めちゃくちゃ好き」な外食チェーンとは 「俺が日本で一番食べてる」と豪語 (スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース

有名人が「モスバーガーのモスバーガーがうまいねん」と俳句的に言う。一般人は「あ、ワシも食べたい!」と思う。これと似ている。

読み人知らずと言いつつ、この歌はブランド品である吉野桜の価値を高めたともいえる。先だって読者の方から「全国各地に吉野川ってあるけど?」とご質問をいただいた。この吉野から拝借している可能性が高い。

全国に普及しているソメイヨシノは「染井吉野」である。江戸で交配された桜だが、吉野の山の桜と直接の関係はない。ないが名前だけは厚かましくももらったのである。

いたずらに老いぬ

なにをして身のいたづらにおいぬらん

  年のおもはん事ぞやさしき

      よみ人知らず  古今集№1063

 

やさし 現代とかなり差異がある。

①身がやせ細るほどだ。耐えがたい。

恥ずかしい。きまりが悪い。

ここから始まった。中世では

③優美である。上品だ。

④感心だ。健気である。

解釈するのにもう一つ難関がある。後半「年」が主語になっている。年が思うのである。擬人化であるが、結局思うのは自分である。

「自分は何をなすこともなく歳をとってしまった。一体何をしていたのか。歳月がそれをどう思うか。考えると実に恥ずかしいことである。」

 

何かを始めるのに遅くはない。中高年よ立ち上がれ!

 

熊本地震の被害

a little trip - 心も身体も健康になろう~池部秀則のブログ

ここでは国道で熊本から一旦穴川峠を越えて大分県日田市の中津江から上津江を経て、兵戸峠から再び熊本側に入る…というコースだった。

熊本/大分県境に沿うようにして穴川峠と兵戸峠を結ぶ林道があるが、ここが崖崩れを起こして不通の状態にあるそうである。

比較的熊本県北部は被害が小さかったが、こういうところでは何が起こるか分からない。

今でこそ、国道387号線から立門(たてかど)、県道45号線を経て菊池渓谷、さらに阿蘇の大観峰へ至る道は、休日は賑わう。しかし、かつては隈府(わいふ)から立門に至る道は何度も大雨などで崩れたものである。

アスファルトはただ大地の表面を覆っただけのものにすぎない。意外に脆いものである。

菊池渓谷 - Yahoo!マップ

岩波の語源は

岩波書店は創業者である岩波茂雄から来ている。苗字である。

そのルーツは甲斐(山梨県)にあるらしい。岩波姓が多いのは山梨県と長野県であるそうだ。

そもそもの語源は岩が並んでいる様子、「岩並」が転じて岩波になったということか。

海の白波が岩に当たるような光景ではないということである。

 

吉野川岩波高く行く水の はやくぞ人を思ひそめてし

※吉野川岩波高く行く水の は「はやく」の序詞(じょことば)。

・はやく は「流れが速い」と同時に「早くから」の意味を兼ねている。

・そめ は 初め(そめ)

(吉野川の急流が岩に当たり、波立つように)早くから貴女のことが好きだったのです。

古今集№0471 紀貫之

このように、川の水に「波」を見ていた。この時代沿海に住む人でない限り海を見る機会は非常に少なかったはずである。

読まない漢字

難読の「読めない漢字」ではない。読まない漢字である。

例えば英語。

時間を表すhourはhを発音しないし、knifeはナイフであってkは発音しない。

黙字という。もともとは発音していたが時代とともに発音がなくなってしまった音だが、その名残をとどめているということらしい。

 

紀貫之一行は土佐から帰京するのに、「和泉の國まで平らかに」と願を立てる。和泉、つまり今でいえば大阪南部の泉州にたどり着ければ、危険を伴う海を渡る必要はなくなるからである。

今の大阪府も、和泉市もあれば泉佐野市泉大津市もある。

和泉と書いて「いずみ」、泉と書いて「いずみ」と読む地名が混在している。

もともとは「泉」一字で表記された。「和泉」の国名は、和銅6年(713年)の諸国郡郷名著好字令により国名を二字にする必要があり、佳字の「和」を付与したものにしたためで、「和」は読まない。…とウィキペディアにある。

その隣の和歌山県でも然り。当初は「木国」であった(雨が多く森林が生い茂っている様相からと命名された、という説があるが、紀伊半島南部は雨が多く熊野杉が生い茂る。説得力はある)。紀国と表記され、紀伊國となった。

和泉の「和」、紀伊國の「伊」を【置き字】という。伊達(だて)や百舌鳥(もず)と同様である。

紀伊國と書いて「きのくに」が一般的だが「きいのくに」と読む人もいる。

関西では「手ぇだせや」「目ぇひんむいとる」のように一字を伸ばす癖がある。これはこれでいい響きがある。ゆかしい言い方である。